

[VOL.32]
種to菜園 | 小林 邦彦さん
TEXT BY TANAKA YUKIKO
逃げたって、いいじゃない。
逃げて、逃げて、
逃げた先にあった「元気な生き方」
学校が辛い、会社が辛い、人間関係が辛い。混沌とする社会の片隅で、多くの人が心身をすり減らしている。「逃げてはいけない」誰もがそう思っている。果たしてそうだろうか。原村で無農薬の農場「種to菜園」を営む小林邦彦さんは、自身の人生について「たくさん逃げてきた」と語る。逃げることは自分を守ること、そして模索すること。畑に生きる場所を得た小林さんに、「自分を元気にする生き方」のヒントを伺った。
やりたいことがなくたっていいさ
高校まで野球をやっていて、大学進学で神奈川に行った。入ってすぐやりたいことと全然違うって思ったけど、とにかく4年で卒業しようとめちゃめちゃがんばったんだよね。でもやりたいことが見つからない。バイト先の先輩に相談したら、「やりたいことを無理に見つけなくてもアンテナ張って、いざという時はすぐ動けるようにしておいたらいい」って言われて気が楽になった。
それで興味があったわけではなかったけど、パチンコ屋に入社したんだよね。入ってすぐ、子会社が立ち上げる居酒屋のスタートメンバーに選ばれて、そこがすぐ繁盛店になったの。いい上司に恵まれて接客のイロハを教えてもらった。なのに3年ぐらいしたら、会長の一言でリニューアルすることになっちゃった。その頃にはその上司もいなくて、結果お客さんも離れちゃって、それをきっかけにこの会社にいてももう得るものはないかなと思って、それから1年ほどで辞めちゃった。
その頃、スノーボードをやってたんだけど、神奈川に住んでると毎週行くわけにもいかないでしょ。そうすると後から始めた友達が俺より上手くなっちゃってるわけ。それが悔しくて、友達より上手になりたいと思ったんだよね。それならみんなが滑れない夏に滑ればいいんだって思って、すぐバイトしてお金を貯めてニュージーランドに行ったの。ホームステイしながら1ヶ月くらいいたのかな。そうしたらスノボやるならカナダがいいよって言われたから、すぐ日本に戻って3ヶ月半くらい派遣で残業も休出もして、お金を貯めた。目標があってバンバン働いてたから、派遣先やバイト先でも、社員にならないかって誘ってもらったりしたんだけど断ってた。

病んじゃうくらいなら
逃げてしまおう—
カナダから帰ってきてからは就職して営業をしてたんだけど、途中から会社とお客さんの板挟みで苦しくなってきた。明るくは振る舞っていたけれど、最後には電話が鳴るのも怖くなっちゃって、こんなんじゃ本当に病んじゃうと思って逃げるように辞めちゃった。その頃はもう結婚してたし、家も建てちゃっていたけれど、不思議と焦りはなかったかな。畑をやったり、薪割りをしたり、自転車で旅に出たり、バイクでテント泊しながらの旅をしたりしていた。
いよいよ失業保険が切れるとなって決めた次の仕事は、リスクが高い上にお休みもままならなかったし、その後入った会社もいろいろあった。そんなころスノボで大きな怪我をして手術までしたの。動けるようになっものの会社から完治するまで休めって言われたもんだから、それまでかみさんが一人でやっていた農業を手伝い始めた。やり始めたらおもしろくて。全部を自分で決められるし、雨が降ったら休んでもいい。やることやらないで後から苦労するのは自分ていうのもいいなと思った。

逃げてきてよかったんだ
その後職場復帰はしたんだけど、結局会社は辞めて、かみさんと一緒に畑をやり始めた。それが43歳の時。そこから今年で9年目だから、キャリアとしては一番長くなったね(笑)。収入は会社員の時の方がよかったけど、2人なら贅沢しなければ生きていける。
周りから見るとスローライフみたいに見られがちだけどめちゃくちゃ忙しいんだよ。7月半ばから10月いっぱいくらいまでは朝4時前から働いて、晩飯は22時半。睡眠時間が3〜4時間なんてこともあるけど、不思議と嫌じゃない。かみさんがやっていた無農薬で種から育てるっていう方法も俺に合ってたと思う。毎日休みで好きなことしてるようにすら思えるし、心地いい生活ができている。今でこそ入社したその日に辞めちゃう人とかいるって聞くけれど、当時周りにそういう人はいなかったから、そんな自分に負い目があった。畑を始めるときも覚悟らしい覚悟はなかったと思う。周りからはあれこれ言われたけど、ダメでも仕事は選ばなければいくらでもあるし、道はたくさんあるって考えてた。
でもうちの野菜をほしいと言ってくれるお客さんがいると思うと、この人のためにがんばらなきゃいけないと思うようになったんだよね。お客さんありきだけど、ブレない。この世界には同じような志を持つ人が多くて、そんな横のつながりが幸せだと思うようにもなった。欲をかいて事業を広げるより低空飛行でいいからずっと続ける方が合っていると思う。ずっと2人でやっていきたいと思ってるから、歳をとるまで元気にいたいね。いろんな仕事をして、逃げて、嫌になって、辞めてを繰り返してきたけど、ここに巡り会えたから逃げてきてよかったって思ってる。
I N F O R M A T I O N
種to菜園
〒391-0111
諏訪郡原村18082-8