街をつくりあげた食文化、
体の奥底に焼きついた原風景
先人から受け継ぎ、未来へつなぐために

[VOL.10]
松木寒天株式会社|松木秀之社長

TEXT BY TANAKA YUKIKO


PROLOGUE

言わずと知れた茅野の名産品「寒天」。海から運ばれたテングサは、遠くこの地まで運ばれ、清涼な地下水で煮られ、極寒の空の下で干されて上質な寒天となる。山の向こうから顔をのぞかせたばかりの朝日が一面の寒天を照らす。壮観で神々しささえこの感じられる景色が見られるのは、世界でここにしかないことをご存じだろうか? この景色を織り成す昔ながらの製法で寒天を作り続けている松木寒天株式会社の松木秀之社長にお話を伺った。


地下水と寒さと晴天と、そして人の手が紡ぐ「角寒天」

寒天作りに欠かせないものはきれいな水と、厳しい冷え込みです。諏訪は地下水が豊富で冬はマイナス2桁も珍しくない。それでいて晴天率が高く雪が少ない。こんな条件が揃ってこその産業なんです。かつては各地にあった寒天の産地も今ではここ諏訪地方のほかは岐阜県の一部を残すのみです。中でも天然の干し場で「角寒天」を作っているのはこの辺りだけなんです。
まずテングサからところてんを作ります。これを干し場に干すと、基本的に昼夜を問わず干しっぱなしです。ですが寒天にとって水分は大敵で雨や雪には当てられないので、天気の変化には気を遣っています。私たちはまず天気予報よりも空を見上げ、遠くの山を見るんです。ここは標高が高いので、遠くの空まで見渡すことができます。北アルプスに雲がかかっていたら晴れ、その雲が取れたら明後日は雨か雪。代々そんな言い伝えがあります。最近でこそ天気予報もよく当たるようになってきましたが、それでも私たちは先祖からの言い伝えの通り空を見上げてタイミングを図っているんです。
こうして天候や環境に大きく左右される寒天づくりですが、上質の角寒天を作るには、冷凍庫などの人工的な温度管理ではうまくいかないんです。人工的に作ろうとすると均一に凍らせることが難しい。その点諏訪の冬は本当に冷える。このきつい寒さが満遍なく寒天を凍らせて上質の寒天を作り上げるんです。

寒天産業がつくった寒天の街

寒天を干すには冬の間使われていない田んぼを使うことがほとんどです。ここにまず干すための足場を組みます。高度経済成長期のころなどはこの作業を簡略化しようと土台を組むのにビニール紐で縛ったり、簡単な土台を導入しようとしたこともあります。でもその瞬間は楽でも、だいたい後から大変なつけが回ってくるんです。例えばビニール紐はどうしてもちぎれてしまいます。それが土中に残ると春になって土を耕したときに邪魔になる。いくら取り除いたつもりでもビニール紐が出てくる。中には冬場だけお借りしている田んぼもありますし、何より環境にもよくないと、昔ながらの稲わらで結ぶ方法に戻しました。寒天作りというのはまさに自然と農業と人の営みが渾然一体となって成り立っている産業なんです。
そうしてこの地域では長く冬の仕事として受け入れられてきました。面白いもので、昔はもっと雪深い新潟や北海道といった地域からも出稼ぎの人がきていたんですよ。全盛期には出稼ぎの人だけで三〇〇〇人ほどが茅野に暮らしていたといいます。茅野駅や上川にかかる橋は天草を運ぶためにできたというくらいですから、まさに茅野は寒天によってできた町なんです。遠くからの出稼ぎは減ってしまいましたが、今でも地域全体では一〇〇名くらいは冬場だけの働き手がいます。

食文化が支える諏訪の原風景

私自身、子どもの頃からこの干し場で手伝いをしてきました。出来上がった寒天を回収したり、力仕事ができるようになってからは原料となる海藻を運んだり。小さい頃は寒い時期にわざわざ外にでて手伝うのが嫌で仕方なかった。
でもいつしか、こうしてきたからこそ守ってこられたもの、これからも守っていかなければならないものなんだと思うようになりました。とくにこの干し場の光景は、本当にいい景色です。この光景がまさに私を、諏訪の人を形成してきた。血肉となっているのかもしれません。工業的に作られる寒天は今や世界中にありますが、ここで作られる寒天はそれらとは全く別の存在だと思っています。
この景色と昔ながらの寒天づくりをなくさないためにも、ぜひ寒天をたくさん食べて魅力を知ってほしいですね。ところてんはもちろん、諏訪地方の郷土料理天寄せもいいですし味噌汁などの汁物にそのまま入れてもおいしく食べられます。そして諏訪の人にとってはどこか当たり前になっているこの干し場のこの景色も、冬しか見られない、世界でここしか見られない貴重なものだと知ってほしい。そして少しでも誇りに思ってもらえるとうれしいです。

I N F O R M A T I O N

松木寒天株式会社
〒391-0013 長野県茅野市宮川2623番地
TEL 0266-72-4121 

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