
諏訪湖をのぞむ長野県諏訪市。この地で代々医療を提供してきた山口整形外科が、2025年、駅前の新しい場所に移転・新築した。
旧クリニックが抱えていた課題は立地や医療設備などの単なる物理的な課題にとどまらず、待ち時間の長さ、スタッフの動線、患者の緊張感。それらすべてが絡み合い、理想の医療を提供する上での壁となっていた。
千葉で20年のキャリアを積んだ副院長の山口毅さんが、故郷・諏訪に戻り、父から継承したクリニック。その新たな船出には、建築家、空間デザイナー、グラフィックデザイナーという多様な専門家が伴走した。

TEXT BY TANAKA YUKIKO
人の悩みを包み込む
ぬくもりと光あふれる
クリニック
[前編]
■ i n t e r v i e w
山口整形外科
副院長・理事長 山口 毅さん
【このプロジェクトに関わったiMAGEメンバー】
[空間デザイン]安田泰三、宮澤雄太
[グラフィックデザイン]河西朝樹、大島さやな
[家具建具]大木拓水、林 望実、川倉豊秋

継承という選択
河西:まずはじめに、諏訪に帰ってクリニックを継承しようと考えたきっかけを教えてください。
山口:大学を東京で過ごして、その後千葉大の医局に入って、ちょうど20年くらい経ったころです。そのまま勤務を続けるか、千葉で開業するかどちらかだろうと思っていました。うちは代々諏訪でクリニックをやっていたんですが、父も高齢になってきて。でも患者さんも代々通ってくださる方が多くて、地域に必要とされているのに辞めてしまうのは寂しいなとも思っていたんです。
私も同じ整形外科医なので、「少しだけ」と思って手伝いに来たら、離れられなくなっちゃった。手伝いはじめてすぐに、こっちでやってもいい。むしろ、やらなきゃいけない。それも人生だという気持ちになったんです。
河西:お父様と同じ道を進まれていたわけですね。つまり大学受験の頃にまで遡ると、既に継承への意識があったわけですか。
山口:同じ科に進んだのは、父に対しての尊敬もありました。今までの恩返しを、町にも両親にもしたいという気持ちがあったのは事実です。


移転・新築に踏み切った理由
河西:では、移転・新築しようと思ったのはなぜですか?
山口:一つには、今まで自分がやってきたMRIや神経ブロックといった整形外科の手技が、前のクリニックでは設備的に全くできなかったんです。自分が培ってきた医療技術を、患者さんに提供できないもどかしさがありました。
もう一つは立地の問題です。以前の建物は駐車場が小さくて、しかも駐車場から道路を横断しないとクリニックに入れない。高齢の方や足が不自由な方にとって、かなり負担になっていたんです。整形外科なのに、患者さんが通いづらい。これは本当に矛盾していました。ありがたいことに、この土地を提供してくださる方がいて、新しいクリニックを建てることができました。今はかなり理想に近い診療ができていると思います。
河西:私たちは今回プロジェクトの途中から参加させていただきましたがどのような経緯があったのでしょうか。
山口:プロジェクトを進めていく中で、ある程度部屋の配置や動線は固まっていました。その頃ざっくばらんな話の中で、木というキーワードが出たんです。それがきっかけだったと思います。 医者として20年、いろんなクリニックをお手伝いする中で、木の温かみというのを気に入っていたんです。それでイマージさんにお声がけしました。

理想の源流となるもの
河西:なるほど。では、設計の安田さんにもお話を聞きましょう。
安田:木を使うということと並行して、まずプランを練り直しました。基本的な動線計画や部屋の配置はだいたい決まっていましたが、「患者さんが来て、どう過ごすのか」「どういう方向を向いて、どういう行為をするのか」というところをもう少し整えたかった。そこから5つぐらいご提案をしたわけですが、そのために、前提として解決したい課題は何なのかにもう一度立ち返ったんです。
患者さんは身体に不調を抱えていて、多少なりとも緊張感を持って来院されますよね。その時、あたたかい表情で迎え入れたい。そして機能回復を目指して、気持ちを上げていける場でありたい。そのために、木の表情があることが大切なんだと。
だから待合スペースでは、目線の先に木を使ってみる。2階も同様に、リハビリする気持ちを上げるために明るいガラス面を増やしていく。そんなことを考えました。
山口:整形外科って、どうしても患者さんの待ち時間が長くなってしまうんです。その時間をいかにストレスなく過ごしていただけるか。それがすごく大事で、そこが提案していただいたデザインとうまく合致したのかなと思っています。
ロゴに込められた「包み込む」という意志
河西:今回、移転にあたりロゴも新しくしました。
山口:諏訪の地域に根差したいという意味合いと、私の苗字が「山口」なので、山とその口。口が諏訪湖をイメージさせる、そんなデザインができるかなと。それが大島さんとうまく噛み合いましたね。
大島:先生がヒアリングシートに書いてくださった「諏訪地域で育ててくれた人たちに恩返ししたい」という言葉が、すごく印象に残っていました。なので、包み込むようにやさしくて、山のように支えてくれる医院にみんなが気軽に来られるような温かいロゴを作りたいと考えたんです。
山口:ありがとうございます。山のように支えて、湖のように受け入れる。まさに思った通りになりました。評判もいいですよ。

思考を形に
河西:建築部門とグラフィック部門が社内でコンセプトを共有しながら進めてきましたが、グラフィックから設計に活かされたことはありますか?
安田:ありますね。整形外科という「骨格的なもの」と、木造の「骨格」のようなものが、デザインする中で見えてきました。当初、2階に柱はなかったんですが、構造の都合上、柱を立てることになりました。でも骨格と捉えると、それもいいなと。そこに照明を仕込んだ2本の骨のような押し縁を作ったり、障子を取り入れたり、線をすごく意識した構えになっています。表から見てもわかる垂直水平で、「きっちりした骨格的なもの」を意識しました。
一方で、人の動きは流れるような動きを意識する。診察室に向かう動線、検査室に向かう動線。要所要所でそれを促すかのように、曲線を用いたりもしています。
山口:障子がすごく評判いいんです。和になり過ぎず洋でもない。プロポーションから不思議なオーラがあって、インパクトがあります。
河西:サインについてはおまかせでやらせてもらいましたが、どのように思考し造っていったのですか?
大島:骨とか関節をモチーフにする案や、ただ壁につけるのではなくフレームで支える感じなどを提案させていただきました。書体も丸く太く、安定感のあるようなものを選んでいます。
書体選びは、ロゴの話の時にかなり揉みましたね。最初ご提案したのは細い書体だったんですけど、先生はもっと太くしたいというご希望でした。
山口:細いと、やっぱり脆いイメージがするんで。ある程度しっかりしたものが良かったんです。
大島:安心感を優先して太くしたいと思いましたが、あんまり太くしちゃうと逆に力強すぎて、圧がかかった感じになってしまう。なので、やさしさを残すようなことを意識しました。
河西:院内のサインも、診察室、リハビリ室、検査室と、それぞれの機能に合わせて視認性を保ちながら、空間に馴染むようにデザインしました。特にお年寄りの患者さんが多いので、文字の大きさや配置には気を配りましたね。
山口:そうですね。実際に患者さんから「わかりやすい」という声をいただいています。迷わずに目的の場所にたどり着けるというのは、当たり前のようで、とても大切なことです。
[前編 終]
※次回イマジンでは、後編としてスタッフへの配慮、施工現場での協働、そして開業後の反響と、デザイン思考がもたらした成果をお届けします。

I N F O R M A T I O N
