思考は、空間になることで初めて現実になる。
そして空間は、人が使うことで初めて意味を持ち始める。
山口整形外科の設計に込められた「包み込む」という思想は、施工の現場を通して細部へと宿り、やがて患者とスタッフの振る舞いそのものを変えていった。
そこに生まれたのは、単なる機能の改善ではなく、人と人の関係性をやわらかくほどく環境だった。開業後、その空間はどのように受け止められ、どのような変化をもたらしたのか。
実装のプロセスと、その先に生まれた新しい循環を辿る。
TEXT BY TANAKA YUKIKO
人の悩みを包み込む
ぬくもりと光あふれる
クリニック
[後編]
■ i n t e r v i e w
山口整形外科
副院長・理事長 山口 毅さん
【このプロジェクトに関わったiMAGEメンバー】
[空間デザイン]安田泰三、宮澤雄太
[グラフィックデザイン]河西朝樹、大島さやな
[家具建具]大木拓水、林 望実、川倉豊秋
ストレスフリーな職場でありたい
山口:今回、一貫してデザインで一番大事にしたところは、スタッフにとってストレスにならないクリニックであることだったんです。もちろん患者さんが一番大事なんですけど、サポートするスタッフがストレスを感じていたら、患者さんに優しくできないじゃないですか。
河西:だからトイレが10個もできちゃったんですよね。
山口:そうそう。10個もあるんですよ(笑)。でもとにかく、それが僕の中で一番大事でした。患者さんに優しくするには、スタッフに余裕がないといけない。だからスタッフの動線がまず大事。あとはリラックスしながら働ける。そんなことをお願いしましたね。
安田:そこをお聞きしていたので、我々も仕上げをチョイスする際に、「裏だから白いクロスでもいい」といった消極的な感じではなく、ちょっとホッとするような、若干上質で落ち着きのあるカーペットなどを選んでいきました。
現場を支える信頼関係
河西:実際に施工が始まると、現場とのズレも出てくると思うんですが、そういったところはどう調整しましたか?
安田:デザインの中に込めた意図を実現するには、施工者といかにタッグを組むかが重要でした。結果、非常によい関係を作れたなと思っています。
山口:今回みたいなコラボの建設現場って、やりにくい部分もあるんですか?
安田:施工者が優秀であるほど、すごく助かります。まずは現場監督。その人次第なんですよ。監督によって建築がどう変わるかを何度も見てきました。現場のコントロールや雰囲気が、全て監督で決まっていきます。
山口:そうでしたか。逐一話し合いができて、私も話しやすかったですね。
理想の源流となるもの
河西:なるほど。では、設計の安田さんにもお話を聞きましょう。
安田:木を使うということと並行して、まずプランを練り直しました。基本的な動線計画や部屋の配置はだいたい決まっていましたが、「患者さんが来て、どう過ごすのか」「どういう方向を向いて、どういう行為をするのか」というところをもう少し整えたかった。そこから5つぐらいご提案をしたわけですが、そのために、前提として解決したい課題は何なのかにもう一度立ち返ったんです。
患者さんは身体に不調を抱えていて、多少なりとも緊張感を持って来院されますよね。その時、あたたかい表情で迎え入れたい。そして機能回復を目指して、気持ちを上げていける場でありたい。そのために、木の表情があることが大切なんだと。
だから待合スペースでは、目線の先に木を使ってみる。2階も同様に、リハビリする気持ちを上げるために明るいガラス面を増やしていく。そんなことを考えました。
山口:整形外科って、どうしても患者さんの待ち時間が長くなってしまうんです。その時間をいかにストレスなく過ごしていただけるか。それがすごく大事で、そこが提案していただいたデザインとうまく合致したのかなと思っています。
ロゴに込められた「包み込む」という意志
河西:今回、移転にあたりロゴも新しくしました。
山口:諏訪の地域に根差したいという意味合いと、私の苗字が「山口」なので、山とその口。口が諏訪湖をイメージさせる、そんなデザインができるかなと。それが大島さんとうまく噛み合いましたね。
大島:先生がヒアリングシートに書いてくださった「諏訪地域で育ててくれた人たちに恩返ししたい」という言葉が、すごく印象に残っていました。なので、包み込むようにやさしくて、山のように支えてくれる医院にみんなが気軽に来られるような温かいロゴを作りたいと考えたんです。
山口:ありがとうございます。山のように支えて、湖のように受け入れる。まさに思った通りになりました。評判もいいですよ。
理想が形になり、歩み出す
河西:開業して、先生ご自身の感触としてはどうですか?
山口:駅前という立地になったことで、諏訪以外からも来ていただけるようになったのは良かったです。あとは、諏訪湖畔のホテルや旅館に泊まっている県外の方も結構いらっしゃるんですよ。そんなときもMRIがあるので、早く正確に診断ができる。初期対応をしっかりする。諏訪地域で受けた治療として、帰った先で診てもらっても恥ずかしくない処置を心がけようという気持ちにもなっています。
スタッフの働きやすい環境を。って何度も言ってきましたけど、今のスタッフ、めちゃめちゃいいんですよね。本当にみんな患者さんに優しいし親切なので、これが長く続けられればなと思います。
あと、以前の患者さんはもちろんなんですけど、毎日新しい患者さんが20〜30人も来てくれるんです。前より広さもあるし、スタッフも増えている。駐車場が停めやすくなったとか、アプローチがしやすくなったのは喜ばれますね。
そして何といっても、待合室にストレスがない。環境がいいので、あんまり怒る人はいなくなりました。本当ですよ! 大事なんです。整形外科ってどうしても緊急の方を最初に診ざるを得なかったりもするんですけれど、そういうときでも、患者さんたちも少しゆとりがあるので優しいんです。
河西:いい循環が生まれてるんですね。
山口:ストレスがあるとしたら、患者さんが多くなって看護師やスタッフがちょっと帰るのが遅くなってることかな。でもね、みんな終わっても帰らないんですよ。多分、ここの居心地がいいんですよ。
デザイン思考の交差点で生まれたもの
河西:今回のプロジェクトを振り返って、先生から見て、デザインがどんな役割を果たしたと感じますか?
山口:正直、最初は「木を使った温かい雰囲気」くらいのイメージしかなかったんです。でも皆さんと話していく中で、それが具体的な形になっていった。患者さんの動線、視線、気持ちの流れまで考えてくれたことで、私が漠然と思い描いていた理想が、ちゃんと機能する空間として実現できたと思います。
デザインって、見た目を良くするだけじゃないんですね。課題を見つけて、それを解決する力がある。それを実感しました。
河西:安田さん、大島さんは、このプロジェクトに関わってどうでしたか?
安田:建築とグラフィックが同時に動いたことで、空間全体としての一貫性が生まれたと思います。ロゴのコンセプトが建築のディテールに反映されたり、逆に建築の骨格の考え方がサインデザインに影響したり。そういう相互作用があったからこそ、統一感のある空間になったんじゃないかと。
それから、どんなときも、使う人の気持ちっていうのを一番に考えていましたね。クリニックという性格上、何らかのストレスを抱えている人が、どういう気持ちで滞在しているのか。そういう人たちにとって、どういうバランスでどんな空間であるべきなのかを、より意識しました。
また、マシン類が全部整った状態を見たとき、だいぶ馴染んだなと思いました。2階は特に特徴的なデザインなので、いろいろ機材が入ってすごく馴染んでいる状態を見たら、ちょっと感動しました。すごく良くなった。
大島:先生の想いを起点に、私たちがそれぞれの専門性で形にしていく。その交差点で生まれたものが、今の山口整形外科なんだと思います。患者さんが「居心地がいい」と感じてくれたら何よりです。
病院に行くときって、少なからず怖い気持ちがあると思うんですけど、デザインからもやさしそうな雰囲気を感じ取って、「行ってみよう」って思ってもらえたらいいなって思いました。
山口:普通は一つの建築会社さんに全部お願いすることが多いと思うんですよね。今回、たまたまこういうお話になって、結果いろいろな人に意見を出していただいたのは本当に良かったと思うんです。別視点で見てくれる人がいる安心感。それがものすごく心の支えになりました。
河西:イマージは社内に設計士やグラフィックデザイナー、インテリアプランナーなどいろんな人がいてプロジェクトを進行する会社なので、先生のおっしゃることがすごくよく分かりますね。
山口:地域に根ざして、どこまで続けられるか。スタッフを養っていくという責任がありますし、勤めていた病院と比べて質を落としたくなかった。だから、他と同じことをやっていてもダメだと思っていました。「あそこに行くとMRIが撮れるよ」「こんな治療ができるよ」っていう、そこは差別化ができているのかなと思っています。
父である院長が今年で85歳なんですが、まだまだ患者さんを診てくれるんですよ。父もテンション上がってますよ。気に入ってなかったらもう辞めてると思うんで、非常にありがたいと思ってます。
これからも、この空間を大切にしながら、地域医療に貢献していきたいと思っています。
[ 終]