[VOL.15]
お話を聞いた方
(株)エイトピークス|代表取締役社長 齋藤由馬さん
TEXT BY TANAKA YUKIKO
PROLOGUE
甘く香ばしい匂いが立ち込める工場内。銀色に光るタンク小窓を覗くと、二条大麦のモルトが蓼科の水に洗われていく。自らの穀皮のフィルターを何度も通るうちに、濁った液体はやがて透明な琥珀色に変わり、発酵してビールとなる。ここは8peaks brewing。今年オープンしたばかりの新工場だ。代表取締役社長の齋藤由馬さんはなぜビールの醸造地に蓼科を選んだのか、齋藤さんが奇跡の水と呼ぶ蓼科の水の魅力とは。
苔と黒曜石と氷に洗われた
奇跡の水質
移住前から水のおいしい場所だとは思っていましたが、実際はそれ以上でした。
八ヶ岳っていうのは温泉の成分が溶け出した水というのもたくさんあるんですね。奥蓼科の方だと鉄分、北八ヶ岳には硫黄が溶けた酸性の水もある。場所によってはめちゃくちゃ硬水っていうところもあって、実に個性的。そもそも飲料に適した水というのは少ないんです。
その中にあってここ蓼科の水は奇跡的にpHがビール作りに合うと同時に非常に優れた軟水なんです。ビールの主原料の95パーセント以上は水ですからね。水はビールの資質を大きく左右する要素でもあります。ビール造りには硬水という見方もありますが、日本人の口には飲み口が柔らかくて後味がスッキリする軟水の方が
合っていると思うんです。
コラボビールを作らせていただいている麦草ヒュッテさんには、標高2100mの井戸があります。その井戸の中には黒曜石の地層と氷の地層があるそうなんです。有名な苔の森に降った雨が、この黒曜石の地層と氷の地層を透過する。それがその井戸の水、そしてここ蓼科の水につながっているんです。
ビールは旅ができない、
だからこそいま、水を問おう
ビールというのは他の酒類に比べるとアルコール度数が低く圧縮することもできないお酒のため、アルコール度数あたりの輸送費が高い商品なんです。そのため長距離輸送に向かず、大手さんは消費地に近いところに製造工場を作ってきました。ウイスキーや日本酒といった他の酒類に比べて、ビールの仕込みの水というのはそれほど重要視されてこなかったんです。
20年ほど前の地ビールブームで初めてその土地の水による差別化が始まりました。この時は原材料となる大麦や麦芽、ホップも輸入に頼っていましたし、レシピや技術も外国のものだったので、必然的に水による違いを謳うようになったんです。それでもその頃は水の特性や使い方についてそこまで考えられていなかったのではと思っています。日本人がドイツの街で作られているビールのレシピや技術をそのまま模倣しても日本人のものにはできなかったんです。
蓼科の水はビールとなって、
この地を映し、この地を潤す
クラフトビールというのは実はどこででも作れるんです。沖縄でも北海道でも東京23区内でも。他が真似できないのは水と、地域の食文化やそれが形成されていった歴史だと思っています。醸造所が建っている地域に特化することこそが戦略になる。
当社ではビールに旅をさせるんじゃなくて、人に旅をさせるという消費動線を構築したい。地元「超」密着型。この八ヶ岳に時間とお金をかけてきてくれる人、何よりここに住んでいる人にリーチしていきたいと思っています。
八ヶ岳や蓼科のシチュエーションの中でビールのある昼下がりを過ごしてもらう。そうした体験そのものを味わっていただきたいんです。
現在の日本社会にあって、ビール類の市場は1.8兆円。その中でクラフトビールが占める割合は1%の180億円と言われています。この市場の数字を奪い合っていたのでは大手さんや先輩メーカーに敵わない。しかしビールを飲む環境や体験そのものを売るとなるとそれはその市場の外、オンリーワンの市場を生み出せます。この地の水で作ったビールを味わいながら、地域の経済を活性化につなげていけたらと思っています。
(株)エイトピークス
〒391-0301 長野県茅野市北山4035番地 196
TEL 0266-78-7970