

むかーしむかし、ある年の春が終わる頃、諏訪のお殿様は頭を悩ませていた。
江戸の将軍様にお届けする夏の贈り物。毎年それはわらびの乾物と決まっていたのだが、今年の春はわらびが不作で献上品としてとても使えそうにない。将軍様に下手なものを贈れない。何を送ったら良いものやら・・・・
そんな時家臣の一人がお殿様にこんな話をした。
「山の方では秋に採れた蕎麦の実を冷たい冬の川の水に晒すことで、夏まで保管する方法があるそうです。冬の川にさらされた蕎麦の実は次の夏まで傷むことなく、不思議と甘みが増しておいしいらしい…」と。それだ!と飛びついたお殿様。早速その蕎麦を将軍様への献上の品とすることにした。
将軍様の覚えもめでたく、それからというもの将軍様に「寒ざらし蕎麦」を贈るのが慣わしとなっていた。
…そんな長い歴史を持つ「献上寒晒しそば」は、明治維新とともにいったん姿を消してまう。その復活、製造販売に情熱を注ぐ人々がいる。それが「八ヶ岳蕎麦切りの会」のメンバーだ。今回は矢野誠二さん、メンバーの野澤英樹さん、小林優さん、宮坂新一さんにお話を伺った。
[VOL.37]
お話を伺った方々
八ヶ岳そば切りの会|宮坂新一さん・小林優さん・矢野誠二さん・野澤英樹さん
TEXT BY TANAKA YUKIKO

限られた気候風土に育まれる「献上寒晒しそば」
野澤:「献上 寒晒しそば」は江戸時代に将軍様に献上していたことからこの名付けられています。江戸時代、各地のお殿様は年2回徳川家に献上の品を贈っていたんです。
そばって気温が4度以上になると芽が出ちゃうんです。水の中でも、水温が4度以上になると芽が出ちゃう。だから冬の本当に寒さ厳しい時期の川に晒して、その後凍結乾燥を繰り返していくことで徐々に水分が抜けていく。そうすることで夏まで蔵で保存できるようになる。どこでもできるわけじゃなくて、これだけ寒くて湿度の低い土地じゃないといけないんです。
矢野:結構最近まで、夏のそばは食べてもおいしくなかったんです。雑菌が繁殖するし、麺状で食べようと思ったらまず無理だった。お米ってもみ殻がものすごく強いから、収穫したまま蔵で保管ができるんですけど、そばの殻は硬いんだけど、すぐペロンとむけちゃう。そこからどんどん劣化して雑菌がつきやすいくなる。特に梅雨を越すとそばが蒸れるから「夏のそばなんて食えない」って昔から言われていたんです。
「献上寒晒しそば」の不思議
野澤:そばの成分って主にデンプン質とタンパク質とあるんですけど、そのタンパク質が水にさらすことによって流れていくんです。雑菌の繁殖のもととなるのがタンパク質なんでそれを減らすわけです。その後凍らせたり溶かしたりしていく過程でデンプン質が増えていく。これっていうのはそばの実が生きている証拠なんですよ。自分を守ろうとして、デンプン質を増やしていくわけです。
矢野:でも実はそばのうまみの元ってタンパク質なんです。これはタンパク質を流しちゃっているんだけど、新そばにも劣らないものができるのが不思議なところなんです。
宮坂:代わりに甘みが増します。4度以下っていうと氷点下に近いんで、普通は凍っちゃうんです。でもそばの実が生きているので、凍らないために糖度を増すんです。結果、そば切りした時に甘みが感じられるようになるんです。
江戸時代の終わりとともに断絶 そして復活へ
野澤:江戸時代が終わって献上そのものがなくなった。その後田んぼ増やせっていう時代にそばの栽培自体が減っていったこともあって途絶えてしまって、文献だけ残ってたんですわ。元々「献上寒晒しそば」を復活させたのは平成10年ごろ。小林一茶(ひとし)さんという方が、古文書の中から見つけて、生産者と役所、企業と一緒になって始めたんです。
宮坂:でも皆さん高齢になってきて、作業が大変になってきた。それでわれわれの先輩たちが、技術を教えてもらいながら一緒にやろうと平成14年に現在の「八ヶ岳蕎麦切りの会」を立ち上げました。
野澤:今は、1シーズン、元蕎麦で200kg。食数で3000〜4000食ぐらい作っています。増やせたらとも思うんですが、気候風土に左右されるものなので非常にデリケートなんですよね。温暖化もあって古文書通りにいかないところもあって、川に晒す時期や乾燥のタイミングを考えながらやっています。
茅野の魅力を牽引する存在に
野澤:「献上寒晒しそば」は茅野の特産品のピラミッドの頂点になりうるものだと思っているんです。広告塔となって茅野全体を盛り上げていきたい。「献上寒晒しそば」を販売しているのは夏の土用の時期で、徳川家に献上してた時期と重なっているんですよ。この時期に数量限定で食べれること、そこにたどり着くまでの歴史を考えるとロマンですよね。
矢野:成分的にはGABAが普通のそばより高くて、ストレス発散や癒しに効果があるって言われています。抗酸化作用も高まっていたりするので、そういう科学的なところも発信していければと思っています。
小林:そばを1人で食べにくる人って圧倒的に男性が多いんですけど、栄養素的なところなんかは女性にも受けると思う。女性は発信力がありますしね。そういった意味でも「献上寒晒しそば」っていうのはまだまだ発展途上。ポテンシャルは高いんじゃないかな。
宮坂:長野県内各地にいろんなそばがありますが、これだけ地域の気候風土と密接に関わっていて歴史もあるというのはないんじゃないかと思います。
小林:それを地元の人が知らないのは、損ですよね、
野澤:この地域のみんなが「献上寒晒しそば」のことを語れるようにしたいですね。そして、年越しそばみたいに、夏は寒晒しそばを食べるのが当たり前になるといい。
矢野:自分もやってみたいって人がいればウェルカムです。おそば屋さんじゃなくても興味を持ってくれる方がいれば取り込みながらと考えています。
★今年の寒ざらしそばは、7月17日(金)から提供予定!
「献上 寒晒しそば」の歴史に思いを馳せながら味わってみてはいかがでしょうか!
※各店数量限定。そばが終わり次第終了予定。
◯八ヶ岳そば切りの会
https://yatsu-kiri.wixsite.com/sobanokai
◯店舗一覧・アクセス
https://yatsu-kiri.wixsite.com/sobanokai/blank-1

